出会った野鳥が何なのか?は、すぐに分からなくても心配ない。種や亜種、雌雄や年齢まで見分けやすい野鳥もいるが、中には声でしか識別できない種、野外識別は不可能とされる種もいる。よく似た種がいる場合は細部を確認しながら、類似種の可能性を否定しなくてはならないが、野外では十分な観察ができるとは限らない。
同じ鳥でも距離・角度・光線の具合・姿勢や動作によって違って見えるので、よく見る種や見やすい種、見分けやすい種から分かるようにするとよい。細部まで確認するには経験や運も必要だが、野鳥より先に気づき、大きな音や急な動作で警戒させないこと、鳥の動きを予想しつつ双眼鏡や望遠鏡の視野にとらえることが基本だ。
類似種が多いカモメ、タカ、シギなどの仲間は、環境や体形から仲間としては見分けやすい。「何の仲間か?」が分かれば種を絞りやすくなるが、種まで分からなくても行動や体の観察はできるし、季節や行動から、ペア(つがい)やファミリー(親子)を見分ける楽しみもある。
見分けるコツは初心者向き図鑑として当会が発行している「新・山野の鳥 改訂版」で紹介しているように、聞き分けるコツと同じ。すなわち、「慣れる」「比べる」「絞り込む」だ。比べるには基準がいる。身近な種から慣れてわかるようになると基準にできる。
分からない種はそれと特徴を比べながら、種を絞っていく。最初は「新・山野の鳥 改訂版」のように、めったに見られない種は省いてある図鑑がお勧めだが、本書では、観察頻度のマークがついたものから分かるようにしたい。識別ポイント、つまり種を絞っていく観点は次のようなものだ。
季節や場所
季節や場所(地域・環境)によって、そこにいる可能性がある仲間や種をかなり絞ることができる。慣れてくると「いつ、どこに、どんな種がいるか」が分かるようになるので、チラっと見えただけでも、かすかな声でもすぐに種名まで絞り込める。それまでは図鑑の解説文や分布図から移動習性(夏鳥か、冬鳥かなど)や生息する地域や環境を知ることが欠かせない。
季節で絞る例
解説文や分布図から、その時期にいるはずの種を絞ることができる。例えばカモメ類は冬鳥が多く、国内で繁殖するのはウミネコと青森県以北のオオセグロカモメだけなので、本州以南では夏にいるカモメはウミネコの可能性が高い。
地域で絞る例
「北海道のみ」「南方の島のみ」など、地域が限られている種も多い。北日本と西日本でも違いがあるので、解説文や分布図からその場所にいるはずの種を絞ることができる(ただし、春と秋の渡りの時期には、移動途中で普段とは違う場所にいることもあるので注意がいる)。
環境で絞る例
カワウとウミウ、ビンズイとタヒバリなどの外見がよく似た種では、生息環境の違いから、その場所にいる可能性が高い種を絞ることができる。
大きさ・形・姿勢
季節や場所と共に、大きさや体形から「何の仲間か?」が分かれば、種を絞りやすくなる。大きさは、巻頭の見返しで記したように身近な鳥と比べて、見当をつけるのが基本で、「スズメより大きいが、ムクドリより小さい」などと表現する。嘴や尾、姿勢についても「スズメより細い、長い」「スズメより横向き、縦向き」など基準があってこそ比較検討ができる。
ただし、スズメも羽毛を膨らませている時には大きくも見えるし、カラスでも遠くでは小さく見える。向きや姿勢によって違った印象を持つこともあるので、日頃から気にするようにして慣れることが必要だ。なお、巻頭の見返しではおおざっぱに「カラス」としたが、ハシボソガラスはハシブトガラスより小さく、このようなわずかな違いがポイントになることもある。
体形が違う水辺の鳥では、よく見られるカルガモを基準にするなどの工夫もいる。水辺の鳥は体形から仲間を絞りやすいので、本書巻末の見返しを活用されたい(ただし、体形も大きさ同様に状況によって違って見えることがあるので、これも慣れと注意がいる)。
飛んでいる鳥では、飛翔中の形が識別ポイントになる。ツバメのように翼の先が尖って見えるか、否か、さらに尖った翼でも短いムクドリ、長いカッコウなどの違いもある。
色や模様
複雑な模様をしている鳥もいるし、野外では距離や光の具合で見え方が違う。観察時間が一瞬であることも多いので、よく目立つところから注目し、どの部分がどんな色をしているかを把握することが第一段階。類似種が多い場合は細部までチェックしなくてはならないが、「どの部分が、どのように白いか」などが確認できれば、季節や場所など他のポイントと考え合わせてかなり絞り込むことができる。翼や尾を広げないと見えない模様もあるので、飛んだ時や翼や尾羽を広げる行動(羽づくろいや伸び)の際に、見逃さないことも重要だ。
声
野鳥に気づくのは姿より声であることが多い。 声そのものでなく、季節や場所から可能性がある種を絞ることもできる。外見が似たムシクイ科やカッコウ科のように姿より声の方が分かりやすい鳥もいる。本書は原著のまま種ごとの声をカタカナ表記で記してあるが、聞き分けるには、当会発行の「CD 声でわかる山野の鳥」で紹介しているように、声の質(例えばスズメより高い、澄んでいる、濁るなど)や鳴き方(伸ばすか・区切るか・続けるか、繰り返しがあるか、ほかリズムやテンポなど)を、身近な鳥や聞き分けられるようになった声と比較することがコツと言える。
聞きなしのリズムで覚えられることもある。 聞きなしはコジュケイの「チョッ卜来い」や「かーちゃん怖い」、ホオジロの「一筆啓上仕り候」や「サッポロラーメンミソラーメン」などさまざまだが、自分で作るのも楽しいし、その方が覚えるにはよい。
さえずり以外の声は「地鳴き」としてひとまとめにすることが多いが、警戒を意味する声が分かりやすい種では、脅かさない上でも参考になる。原著の解説で高野はミソサザイ・メジロ・ムクドリなどの警戒声を紹介しているが、シジュウカラでは巣に人や獣が近づくとジュクジュクジュクと濁った声、タカ類の接近に対しては細く鋭い声をあげる。また、シジュウカラの幼鳥はしわがれ声から次第に澄んだ声を出すようになるが、幼鳥の声や変化の過程など、詳細に調べられているものは少ない。スズメのように交尾の時に出す特別な声(ヒヨヒヨヒヨなど)が知られている種もある。
ウグイス(地鳴き)の聞き分け方の例
声の質(スズメのチュンより低く、濁りがある)と鳴き方(一声ずつ区切って鳴く)と共に、季節と場所(秋冬の本州以南で、庭や公圏の低いやぶの中)を考え合わせれば、姿が見えなくても、まずウグイスと考えられる。
動作、習性
腰と尾を上下にふるセキレイ科、尾を回すようにふるモズ科、お辞儀をしてから尾をふるわせるジョウビタキなど、特有の動作も識別に役立つ。歩き方ではスズメ目の多くは「ホッピング」(両足をそろえて跳ねるように歩く)だが、ヒバリ科・セキレイ科・ムクドリ科などは「ウォーキング」(左右の足を交互に出して歩く)だ。
飛び方ではムクドリのように直線的か、ヒヨドリやセキレイ科・キツツキ科のように波をえがくか、チョウゲンボウのように停空飛翔をするか。また、モズやジョウビタキのように1羽でいることが多いが、ムクドリなど群れていることが多いなど、種や仲間による習性の違いもポイントになる。
よく分からない場合
最初は、探鳥会に参加したり、サンクチュアリのような指導者が常駐する施設を訪ねたりすることをお勧めしたい。「いつ何が見られる」という情報が得られるのも利点で、この情報によって絞り込むより先に予測ができれば、見つけるのも見分けるのも早くなる。なお、探鳥会のリーダー役はベテランといえども職業ではなくボランティアが普通だから、自分にあったリーダーを探すこと、参加者同士で気の合う仲間を作ることが楽しむコツと言える。
ベテランや専門家でもわからないことは少なくない。写真があっても見え方の違いがあるので、ワンカットだけでは検討しきれないこともある。同じ種でも亜種・雌雄・年齢や個体差・換羽や汚れ具合による違いがあるし、型や変異、交雑もありうる。淡色型、暗色型、赤色型、灰色型、青色型がいる場合や突然変異による色変わり(白化/アルビノ・白変、黒化、バフ変、黄変、青変)が生まれることもある。種を記録する際に自信がないものは「?」を付記したり、「不明種」として確認できた特徴を記しておいたり、仲間まで分かれば「~類」としておくのもよい。属までを絞り込めた場合、例えばコサメビタキかサメビタキかが分からない時に、サメビタキ属sp.と記する場合もある(sp.は種を意味する英語speciesの略)。
印象や限られた情報で種を決めるのは誤りの元となりやすい。よい条件(例えば近距離、好天、順光など)、あるいはさまざまな姿勢や角度から確認できた特徴とともに、こんな個体がいたという記録を残すことが第一歩だ。日付や場所、環境はもちろん、声や行動もできるだけ記録しておくことが望ましい。また、瞬時に細部をチェックするには、日頃から普通に見られる種をよく観察して慣れておくようにしたい。難しい野外識別ではすぐに結論にたどり着けないが、そこにやりがいを感じ、おもしろいと思えれば時間をかけて追求すればよいし、もちろん別の楽しみ方を選ぶこともできる。
細部を漏らさずにチェックするには、スケッチすることがお勧め。写真撮影の場合は、よい条件で複数の姿勢や角度で撮られたものが検討材料になる。ただし、マナーを心得ないと野鳥を脅かしたり、人に迷惑をかけたりしてひんしゅくを買うことがあるので注意が必要だ。
見分けられなくても
生きのびるのが当たり前ではない野生の命との出会いは、多くのドラマを想像させてくれる。私たちが出会うのは生きのびた一部であり、たくさんの植物(虫であれば虫が食べる植物までも)がその命を支えてきたに違いない。
スズメの平均寿命で1年3ヶ月というデータがある。毎年繁殖を繰り返し、生まれたひなは翌年春まで生きのびれば繁殖を始めるが、冬を越せるものはごく一部なので増えすぎることはない。スズメでは1回の産卵数は5個前後。抱卵日数は2週間弱、ひなが巣立つまで約2週間で、親鳥はその後10日ほど給餌などの世話を続けた後、夏までに2回、3回と繁殖を繰り返すこともある。ただし、わずか2週間でひなたちが巣立つまでにはたくさんの虫が必要で、親鳥の餌運びは4千回以上に及ぶらしい。
日々瞬間がサバイバルであるはずだから、「何をしているのか?」「どうしてそんな姿をしているのか?」など、どんな鳥でも、種が分からなくても、興味は尽きない。おもしろい行動や変わった暮らし方、飛行への憧れ、渡りの神秘など、進化や生態学の観点、想像力や感性でも楽しめる。野鳥の暮らしや行動については分かっていないことが多いが、行動の観察は種や雌雄の識別に役立つこともあるし、くびを上げた状態は警戒していることが多いなど、野鳥を脅かさない観察を心がける上でも参考になる。
(本ページのイラスト・高野伸二)