プレミアムなオールラウンダー Conquest HDX が登場!
Conquest HDX 8×32
Conquest HDX 10×32
Conquest HDX 8×42
Conquest HDX 10×42
Conquest HDX はオールラウンダーな双眼鏡として、自然を愛する人たちにとって、理想的な性能をそなえています。
優れたコーティング、レンズ、光学設計で完璧にバランスがとれていて、薄暮時でも90%以上の光透過率を可能にし、視野全体で鮮明な画像が得られます。過酷な環境での使用に耐えるボディは、堅牢な軽量マグネシウムのハウジングで、外装は天然ゴム素材を使用した地球に優しい仕様です。
3人の立役者
ツァイスの歴史は、1846年にドイツ中央部にある大学都市のイエナで、カール・ツァイスが顕微鏡工房を開いたことにはじまります。当初の顕微鏡は、とてもツァイス自身が満足できる製品ではありませんでした。
そこに登場するのがイエナ大学の物理学者エルンスト・アッベです。彼の協力を得て、顕微鏡製造の裏づけとなる光学理論を完成させました。この理論は光の分散の程度を表す指標のことで、「アッベ数」として現在も光学技術の基礎となっています。
この光学理論により製造された顕微鏡を使用し、細菌学者のロベルト・コッホが結核菌やコレラ菌を発見しました。科学的な理論に裏打ちされた製品を製造し、社会に貢献するという思想は、創業期から存在していたのです。
そののち、イエナ・ガラスの生みの親であるオットー・ショットの新技術で、アッベ理論にもとづいた光学レンズの製造に成功し、ツァイスのさらなる発展につながったのです。
カール・ツァイス(1816-1888)、エルンスト・アッベ(1840-1905)、オットー・ショット(1851-1935)の3人によりツァイスの歴史が動きはじめた。
双眼鏡のはじまり
いまの私たちが知っている双眼鏡は、100年以上前に発明されました。2つの望遠鏡を組み合わせることで、自然な画像を大きく見るツァイスからはじまった双眼鏡の歴史はサスティナビリティの新時代へことができるようになったのです。
1894年にツァイスから、双眼鏡が世界ではじめて市販されました。使い勝手が良くコンパクトな革新的設計は、現在の双眼鏡でも基本となっています。
日本で最初にツァイス双眼鏡が広く知られたのは、1905年、日露戦争の日本海海戦で東郷平八郎が使用したときとされています。1911年には、ドイツ人貿易商のレオ・レーミッシュがカールツァイス合資会社を設立し、日本でのツァイスのルーツとなりました。
ソーシャルデザインのパイオニア
ところで現代社会は持続可能な社会の実現を目指していますが、ツァイスは創業期からサスティナビリティの先駆者として社会に貢献してきました。世界初の8時間労働の導入、多くの革新的技術の研究や開発などで、社会課題の解決や社会資本への投資を行っています。
最近の具体例としては、レンズ製造時の節水、節電可能な素材や加工技術への代替、パッケージの100%リサイクル素材使用などに取り組んでいます。また自然保護活動にも積極的にかかわっています。
ツァイスは、サスティナビリティとビジネスをリンクさせて成功に導いてきた先駆者として、双眼鏡の歴史に名を刻みつづけるでしょう。
サンクチュアリでの調査で、Conquest HDX を丸1日使ってみました。まず感じたのは全体のバランスの良さです。ホールド感が良く、長時間使っていても疲れにくいというのが感想です。また、天然ゴム素材のボディは滑らず適度に吸いつく感じがあり、片手で持っても安心感があります。見え味はクリアでシャープ。飛んでいる鳥のディテールがしっかりと確認できます。さらに視度補正のロック機能が実装され、長時間の移動でも不安がありません。